水大ラグビー部

自分だけの方法、そしていつか書いてみたい水大ラグビー部のこと

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「ラグビー選手は、ひとり、自分だけの方法で練習できる者が笑う。」

■ 集英社 藤島大 『北風(小説早稲田大学ラグビー部)』77Pより引用

私も1本歯の下駄を履いてウロウロしたり、50キロのウォーターバックを購入してトレーニングしたいと真剣に考えたりしてるんで、高校の後輩(ちょうど入れ違いでしたので面識はない)のこの本を読みながら、還暦を過ぎて再再々復帰した赤パンラグビーでそのうち笑うことが出来そうだとニンマリしてます。

それにしてもこの本のシャープな描写、独特の切り口等々とても素晴らしいです。今となっては戻ることのできない昭和の頃の懐かしい、大真面目に練習中に水を飲んだらバテるから口をゆすぐだけにしろとか先輩に言われて疑いもなく従ったような所謂(いわゆる)体育会系運動部の特有の世界観が蘇ってきて魂が揺さぶられました。

4年生の大半が遠洋航海実習でいなくなってしまうハンディキャップを抱えながら、大学選手権に出場権を持たなかった地方校(※)にとってもうひとつの大学選手権である全国地区対抗大会の予選に挑み続ける、無名でちっぽけでがむしゃらで、不器用なんだけれども凄く熱い “水大ラグビー部” 。

名物監督は戦時中に釜山水産専門学校に入学し、戦後下関にできた水産講習所に転入学してラグビー部を創部しました。そしてそのまま大学に教官として残りラグビー部の監督になり5度も中四国代表決定戦に進出しました。

監督の退官記念試合 現役チーム(水色ジャージ)とOBチーム

そんな剛毅な “水大ラグビー部” に高校3年の時の体育の授業でやったラグビーが面白かったんで飛び込んだ私が、入部してから4年生の秋に遠洋航海実習の出航で引退するまでの物語をいつか書いてみたいと思っています。

脚注(1993年の「大学選手権」の改革により、それまで出場の機会が全く無かった、北海道、東北、東海、中国、四国のチームにも出場の門戸が広げられた為、それらの地方のリーグ戦では、優勝校が先ず「大学選手権」への代表決定戦に参加し、それ以外のチームが「地区対抗」に参加する方法に変化している。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

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