🐟 第2話:黒皮カジキと魚河岸の仕事
セリ場に立つと、空気が一変する。
威勢のいい声、小車(こぐるま)のガラガラという音、冷気と湿気が混ざった独特の匂い。
築地の“戦場”は、朝の静けさとはまるで別世界だった。
私の会社は築地場外の買参業者だった。
仲卸ではないが、鑑札(せり帽)を持ち、自分たちで買い付けた冷凍マグロを市場に出荷していた。
扱うのはマグロだけではない。
岸壁で水揚げされる冷凍の黒皮カジキも重要な商材だった。
黒皮カジキは、港に入ってくる冷凍船の入札で買い付ける。
船倉から次々と吊り上げられる魚を見ながら、鮮度、身の締まり、脂の具合を一瞬で判断する。
刺身向けになるものもあれば、給食や弁当向けの“切り身商材”になるものもある。
買い付けた黒皮カジキは、タイミングを見て市場に出荷し、セリにかける。
ここが買参業者の腕の見せどころだった。
高く売れれば儲かる。
二束三文なら、自分で引き取る。
(実際には“買い戻す”という形になる。)
市場は、きれいごとでは回らない。
目利きと度胸と運。
その三つで勝負する世界だった。
買い付けた魚は、手鉤を使って4トン保冷車に積み込む。
氷の冷たさが手に残り、背筋にずしりと重さが響く。
汗と冷気が混ざり合う、“魚河岸の身体感覚”がそこにはあった。
※小車(こぐるま)
魚河岸のセリ場で使われる運搬用の台車。
金属の車輪が床を鳴らす「ガラガラ」という音は、
朝の市場の象徴のひとつだ。