🍣 第4話:帰り道の風景〜勝鬨橋と『おたべ寿司』のあった時代〜
仕事を終えて勝鬨橋に差しかかると、
潮風と一緒に、一日の疲れがすっと抜けていく。
同じ橋なのに、朝とはまるで別の顔をしていた。
朝は戦場へ向かう通路だったのに、帰りはどこか“解放の道”になる。
晴海通りの左側には、大きな酒屋が歩道にせり出すように立ち飲みスペースを構えている。
夕暮れどきになると、作業服のままの男たちがコップ酒を手に、
今日の魚河岸のセリの話や、冷凍マグロ船の入札の愚痴なんかをぽつぽつ交わしている。
そのざっくばらんな声が、夕方の空気にゆっくり溶けていく。
奥の細い路地には、小料理屋やスナックが肩を寄せ合うように並び、
暖簾の隙間から漏れる灯りが、働き終えた身体をそっと誘ってくる。
どの店も、常連の笑い声と湯気が混ざり合っていて、
“帰り道の温度”というものが確かにあった。
晴海通りの右側には小さな公園があり、
その隣には、バラック建ての煮込み屋とちょっと小綺麗な寿司屋がぽつんと並んでいた。
寿司屋の名前は――確か「おたべ寿司」。
どれも今の高層ビル群からは想像もつかないほど、
のどかで、ゆるやかで、
“昭和の東京の余白”がまだ息づいていた。
勝鬨橋を渡るたびに、
「今日もなんとかやり切ったな」
そんな気持ちが胸の奥にじんわり広がっていく。
街の灯りが、働く若者をそっと包み込んでくれるような時代だった。