🐟 第3話:見習い小僧とフォークリフトの恐怖
2026/01/19
黒皮カジキを買い付け、手鉤でトラックに積み込むようになった頃、
私はまだ“見習い小僧”だった。
新人が入ってくるまでの間、
会社の雑用も、現場の仕事も、全部ひとりでこなす。
その中でも一番の難関が、
フォークリフトの運転だった。
会社のフォークリフトは市場の片隅に置いてあり、
必要なときに自分で乗って動かす。
だが、当時は今のような安全講習なんてない。
「見て覚えろ」「ぶつけるなよ」
それだけが指導だった。
築地の場内は、立錐の余地もないほど人と荷物であふれていた。
買い出し人、仲買さん、
そして大八車のような小車(こぐるま)を引っ張る“運搬人”たち。
(昔は“ネコ引き”と呼ばれていたが、今では使えない言葉だ。)
その人たちの間を、
フォークリフトで縫うように走らなければならない。
正直、身がすくんだ。
ハンドルを切るたびに、
「ぶつけたらどうしよう」
「人を引いたら終わりだ」
そんな恐怖が背中を走る。
でも、やるしかない。
市場は待ってくれない。
魚も時間を待ってくれない。
エンジンをかけ、
深呼吸をひとつして、
人の波の中へフォークリフトを滑り込ませる。
あの時の緊張感は、
今でも身体が覚えている。
—
こうして昼前には、
その日の“戦い”の大半が終わる。
だが、まだ一日は終わらない。
仕事を終えて勝鬨橋へ向かうとき、
朝とはまったく違う匂いと光が待っている。
あの橋を渡る瞬間こそが、
私にとって“今日を終える儀式”だった。