第0話:白パンツの始まりの話(ネットで発信する前)
押し入れの奥から、古いノートが出てきた。
1997年のインクの色、紙のざらつき。
ページをめくるたびに、あの頃の身体の匂いが立ち上がる。
「白パンツ無頼控え」が始まるずっと前。
まだ身体が“走る理由”を探していた頃の記録だ。
1997/09/23 マスターズリーグ開幕戦 対エンモ(ユーカリ over35)キズーチグランド
最初の10分間、体がまったく動かなかった。
雨で気温も低く、バテることはないのに、
敵味方ともスピードに乗れず、
自分だけが取り残されていくような感覚。
それでも、なんとか怪我をせずにのりきった。
試合後、子どもに言われた。
「おとうさん、ノタノタしておそい」
ごもっとも。
少しずつ、また走れるようにしましょう。
上半身は年頭から鍛えていたので、
ボールにはしぶとく食い下がれた。
けれど背中の筋肉はパンパン。
今週は安静にしよう。
(追記)
土曜(4日後)に右肩、日曜には腰に痛みがくる。
暖発力は戻ってきていたが、
タックルを浴びた時に耐える力はまだ足りない。
ストレッチ不足。
身体は正直だ。
1997/10/10 マスターズリーグ第2戦(矢野口グランド)
先月23日の復帰戦の前から、
どこか平常心が失せていた。
試合直後は満足感と安堵感があふれたが、
2日後には筋肉疲労が一気に出て、
散々な2週間だった。
それでも、身体は少しずつ戻ってきた。
30代前半のバリバリだった頃の感覚を
思い出しつつある。
少しばかり知恵もついた。
これからも草ラグビーと楽しくつきあえそうだ。
ゴルフもラグビーも、
プレーそのものを楽しんで悲壮感は持つまい。
我を忘れず、戦略・戦術をふまえて取り組めばいい。
弱いところは補修しつつ、長く続けていこう。
とりあえず、風呂あがりや隙間時間に、
関節の柔軟性を高めて可動範囲を広げよう。
身体はまだ変われる。
1997/11/3 13:00キックオフ マスターズリーグ第3戦(キズーチグランド)
この日は1試合のみ。前半7番で出場。
前日、モサの練習に行き、
一度レッドポイントを見てきたので、
息が上がったあともなんとか走れた。
ただ、両足アキレス腱の上を痛めており、
テーピングをしての出場。
悪いところをかばったせいか、
今回は早々に右太腿が肉離れを起こした。
タックルを受けたあとにラックをつくることを、
今まで意識していなかった。
前日の練習でもやり、
今回のキャプテンからも
「ボールを生かすプレー」を求められていた。
1回目に突っ込んだ時、
ボールが出なくなったあと、
タックルされた後の動きを
もっと意識したいと思った。
(追記)
翌4日の早朝、血尿が出た。
肉離れなどで筋肉組織を痛めると、
たんぱく質が溶け出し、腎臓に負担がかかり、
血尿になることがあるらしい。
このショックで、筋肉痛はすべて忘れてしまった。
あとがき
白パンツの始まりは、いつも身体の声からだった
1997年のこの3つの日記には、
痛み、焦り、回復、そして小さな喜びが
そのまま閉じ込められている。
白パンツ無頼控えの物語は、
この頃の身体の揺れと、
走り続けようとする気持ちの上に立っている。
あの頃の自分がいたから、
今の自分がいる。
古いノートは、そんな当たり前のことを
静かに思い出させてくれる。
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